人との別れに生まれる言葉

人との別れに生まれる言葉

人間との別れ、それは生きている生き物が必ず通る道。

今回の掃除わ私の祖母のものである。葬儀となると、私の父がたの親族が多いため、親戚一同が多く詰め寄る。

もともと祖母はここに1ヶ月の命と言われていて、認知症の末期症状であった。肝臓の機能も相当弱っていて、食事もほとんど取れなかった。
ワタシにとって祖母とはどんな人だったんだろうかと、改めて考えている。
祖父は私にとってとても重要な人だった。男同士というのもあって、それに初孫というのもあって大変可愛がられたからだ。しかし祖母の思い出はそこまで残っていない。というかそこには常に祖父がいたからだ。

考えればあの2人は私の記憶している限り一緒にいることが多かったということだ。
晩年祖母はもともと体を動かすことが好きではなかったために、少しでも体に不調があるとベットから降りることめんどくさがった。
想像するとわかるが、動かなければ動かないほど身体は弱ってよわってくる。年齢以上に吹き込んだように思える。しかし口だけわ達者で、常にいろんなことを話していたように思える。そんな祖母の人生はどうだったんだろうかと今更ながら考えさせられる。

葬儀の時に私たち3兄弟の中で最も祖母を慕っていた次女が残念なことに出席することができなかったそれは彼女がアメリカという所で仕事してる関係上、そうやすやすとは戻ってくることができないからだ。

葬儀の時に1番心に残ったのはその妹の、のこしたメッセージだ。
あえないからこそそこには思いが存在して単純な文章だったけど何より心打たれた。

大好きだったばあちゃんに最後の言葉。
いつも味方になってくれてありがとう
いつもわがままを聞いてくれてありがとう
いつも秘密を守ってくれてありがとう
もっと一緒にいれなくてごめん
そばにいられなくてごめん
まだ日本に帰ってきたら、ばあちゃんが迎えてくれるようでならないよ。

でもじいちゃんとまた一緒になれるね。じいちゃんの好きなバラ肉の肉料理作ってあげて。

ばあちゃんの蒸し芋と、焼鳥屋のあまりの肉で作った塩こしょうのミニ焼き鳥美味しかったな。
また会う日まで本当にありがとう。」

決して素晴らしい文脈でもなんでもないし、大したことは書かれていていないが、この文章の中には思いがこもっていた。
経験といろんなものがリンクしてるからかもしれないが、私はとても響くものであった。
人の心が動くということを教えてくれた時であった。

人が心を動かすことをやりたいと願っている私が、自分ではなかなかここまで動かすのは難しい。

一つ心を動かしてくれてありがとう。
精進していきます。

 

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